札幌地方裁判所 昭和56年(ワ)1891号 判決 1988年4月19日
原告
及川静雄
(他一一三名)
右原告ら訴訟代理人弁護士
佐藤文彦
同
川村俊紀
同
伊藤誠一
被告
第一小型ハイヤー株式会社
右代表者代表取締役
吉野常男
右訴訟代理人弁護士
田中正人
主文
一 被告は、別紙未払賃金目録記載の原告ら各自に対し、同目録の各原告の「合計」欄記載の各金員及びこれに対する昭和五六年四月二六日から支払ずみまで年六分の割合による金員を支払え。
二 原告加賀親士、同本間敏之、同南盛男及び同杉本道雄の各請求をいずれも棄却する。
三 訴訟費用のうち、主文第一項記載の各原告と被告との間において生じた部分は被告の負担とし、主文第二項記載の各原告と被告との間において生じた部分はその原告の負担とする。
四 この判決は第一項に限り仮に執行することができる。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告は、原告ら各自に対し、別紙未払賃金目録及び別紙未払賃金請求目録の各原告の「合計」欄記載の各金員及びこれに対する昭和五六年四月二六日から支払ずみまで年六分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
3 仮執行宣言
二 請求の趣旨に対する答弁
1 原告らの請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告らの負担とする。
第二当事者の主張
一 請求原因
1 被告は、自動車による旅客の運送等を目的とする株式会社である。
2 原告らは、いずれも、次の年月日に被告の乗務職たる従業員として雇用された。
<1> 原告杉本道雄 昭和五五年九月一六日
<2> 同本間敏之 同年八月一〇日
<3> 同加賀親士 同年四月八日
<4> 同南盛男 同年月日
<5> その余の原告ら 昭和五四年一二月一四日以前
3 原告らは、いずれも、次の年月日に訴外第一ハイヤー労働組合(以下「訴外組合」という)に加入した組合員である。
<1> 原告南盛男 昭和五六年八月
<2> 同杉本道雄 同年三月二八日
<3> 同本間敏之 同年一月四日
<4> 同加賀親士 昭和五五年六月九日
<5> 同安達潤、同笠井和彦、同山口正男、同稲川保美、同細田義明及び同鈴木不貴夫 昭和五五年一月以前
<6> その余の原告ら 昭和五四年以前
4 歩合給等の請求根拠その(一)―労働協約の成立
訴外組合と被告とは、昭和五四年五月二五日、組合員の賃金について、次の内容(以下「旧計算方法」という)の労働協約を締結した。
(一) 基本給、職務給及び皆勤手当(以下、これらをあわせたものを「基準内賃金」という)は、別紙賃金ランク表1に記載のとおりとする。
ただし、皆勤手当は、実労働時間数一九二時間以上の者に対してのみ支給する。
(二) 歩合給は、前月一六日から当月一五日までの間の売上高(運賃収入額)から二七万円を控除した額の三五パーセントとする。
(三) 歩合給時間外手当は、次の算式による。
(残業時間数+深夜時間数)×〇・二五÷総労働時間数×歩合給
(四) 就業時間外手当は、次の算式による。
基準内賃金÷一九二×一・二五×所定就業時間外労働時間数(残業時間数)
(五) 深夜勤務手当は、次の算式による。
基準内賃金÷一九二×〇・二五×深夜勤務時間数
なお、右協約は、書面が作成されなかった。しかし、労働協約の規範的効力は、憲法二八条の団結権保障の趣旨から当然認められるべき労働協約の本来的効力であり、労働組合法一六条により創設されたものではないこと、労働組合法一四条が書面の作成を要求するのは、協約締結後の紛争を防止するため、合意内容を明確にし、当事者の最終意思を確認するという政策的考慮によることからすれば、当事者間において合意が成立し、その内容が労使間を規律する程度に明確であるかぎり、書面が作成されていなくても、労働協約の規範的効力は認められるべきである。
5 歩合給等請求の根拠その(二)―労働契約の成立
原告加賀親士、同本間敏之、同南盛男及び同杉本道雄の四名を除く原告らと被告との間には、以下の経緯により、昭和五五年一月分以降の賃金について、旧計算方法に基づいて計算する旨の黙示の労働契約が成立した。
(一) 被告の就業規則等は、賃金について、次のとおり定めていた。
(1) 被告の就業規則(昭和四七年七月一六日施行のもの)は、その第五章において、「社員の給与は基本給及び諸手当としてその決定および支払方法は、締切および支払方法、締切および支払の時期ならびに昇給に関する事項は別に定める」と規定していた。
(2) 右就業規則を受けて、賃金規程が作成された。賃金規程は、次の趣旨を定めていた。
<1> 毎月の賃金を、基本給と諸手当とに分類し、さらに、諸手当を、所定就業時間外手当、深夜勤務手当、休日出勤手当、歩合給及び歩合給時間外手当、宿直・日直手当、その他の手当に分類している。
<2> 基本給をはじめ割増賃金の対象となるものを一括して基準内賃金と称す。
<3> 賃金の計算期間は、前月一六日より当月一五日までとする。
<4> 右期間中の所定就業時間を一九二時間とする。
<5> 所定就業時間を超えて勤務したときは、就業一時間につき、基準内賃金を一九二で除した額の一・二五倍の金額を所定就業時間外手当として支給する。
<6> 午後一〇時から翌日午前五時まで勤務したときは、所定就業時間外手当の外に、勤務一時間につき基準内賃金を一九二で除した額の〇・二五倍の金額を深夜勤務手当として支給する。
<7> 歩合給及び歩合給時間外手当は別に定める。
(3) ところが、就業規則及び賃金規程その他の付属文書(以下、これらをあわせて「就業規則等」という)には、基本給の金額ないし計算方法について定めがなかった。また、歩合給の金額ないし計算方法についても定めがなかった。
(二) 歩合給等の支払いの実態は、次のとおりであった。
(1) 訴外組合と被告とは、昭和五一年五月二七日、賃金昇給改訂等に関する協定書と題する労働協約(以下「五一年協約」という)を作成した。歩合給については、当該乗務員の賃金計算期間内の運賃収入総額から二五万円を控除した額(以下、この控除額を「足切額」という)に三五パーセントの支給率(以下、この割合を「支給率」という)を乗じて得られる金額を当該乗務員の歩合給とする旨定めた。
被告は、昭和五一年五月分から、この算定基準に基づいて計算した賃金を支給した。
(2) 昭和五二年のいわゆる春闘の、被告と訴外組合との団体交渉において、被告は、基準内賃金を前年度より平均四二〇〇円引き上げ、歩合給については前年と同様足切額を二五万円、支給率を三五パーセントとし、実施時期を五月分からとする旨を回答した。しかし、協定書に「今後運賃が改定された場合には、歩合給の改定について労使が協議し決定する」との条項を挿入することをめぐり、対立したため、労働協約書を作成することができなかった。
被告は、原告らに対し、昭和五二年五月分から、右回答のとおりの算定基準で計算した賃金を支給した。原告らは、異議を留どめずに受領した。
(3) 昭和五三年のいわゆる春闘時の被告と訴外組合との団体交渉において、被告は、基準内賃金を前年度より平均七六六〇円引き上げ、歩合給について足切額を二七万円、支給率を三五パーセントとし、実施時期を五月分からとする旨を回答した。訴外組合は、その内容には不満であったが、妥結の方向で組合員の意思を確認していた。
被告は、原告らに対し、昭和五三年五月分から、右回答のとおりの算定基準で計算した賃金を支給した。原告らは、異議を留どめずに受領した。
(4) 昭和五四年のいわゆる春闘においても、被告と訴外組合は団体交渉を行い、被告は、基準内賃金を前年度より平均五一九七円引き上げ(すなわち、基準内賃金を別紙賃金ランク表1のとおりに改定する)、歩合給については前年同様足切額を二七万円、支給率を三五パーセントとし(すなわち、旧計算方法による)、実施時期を五月分からとする旨を回答した。訴外組合は、右回答をやむを得ないとして、組合員の意思を確認していた。
被告は、原告らに対し、昭和五四年五月二五日支給の賃金分から、右回答のとおりの算定基準で計算した賃金を支給した。原告らは、異議を留どめずに受領した。
(5) 被告は、昭和五四年一二月分の賃金まで、旧計算方法により計算して支給した。ところが、被告は、昭和五五年一月分の賃金から、訴外組合の反対にもかかわらず、原告らの同意を得ないまま、原告らに対して、旧計算方法により計算した金額より低額の賃金を支払った(なお、昭和五五年一月分の賃金の差額は、同年九月に支払われている)。
6(一) 被告は、原告らに対し、昭和五五年二月分から同年四月分までの賃金について、歩合給の計算方法を、前月一六日から当月一五日までの間の売上高(運賃収入額)から二九万円を控除した額の三三パーセントと変更する(以下「新計算方法」という)旨を通告し(以下「第一次変更」という)、その変更した計算方法に基づき計算した金額を支給した。
(二) 被告は、昭和五五年五月分から昭和五六年四月分までの賃金について、歩合給については新計算方法のまま、基準内賃金を別紙「賃金ランク表2」に記載のとおりの金額に変更(以下「第二次変更」という)し、その変更した計算方法に基づいて計算した金額を支給した。
(三) 原告らの昭和五五年二月分から昭和五六年四月分までの賃金について、旧計算方法に基づいて算定した金額と新計算方法に基づいて被告が実際に支給した金額との差額は、別紙未払賃金目録及び別紙未払賃金請求目録に記載のとおりである。
7 被告の就業規則では、賃金の支払時期を毎月二五日と定めている。
8 よって、原告らは、被告に対し、旧計算方法による賃金請求権に基づき、昭和五五年二月分から昭和五六年四月分までの賃金の未払分である別紙未払賃金目録及び別紙未払賃金請求目録の各原告の「合計」欄記載の各金員及びこれに対する最終の弁済期の翌日である昭和五六年四月二六日から支払ずみまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。
二 請求原因に対する認否
1 請求原因1の事実は認める。
2 同2の事実は認める。
3 同3の事実は不知。
4 同4の事実は否認する。
5(一) 同5の原告ら主張の労働契約が成立したことは、否認する。
(二) 同5(一)(1)ないし(3)の事実は認める。
(三) 同5(二)(1)の事実は認める。
同5(二)(2)の事実中、歩合給改定の条項の挿入をめぐり対立したことは否認し、その余の事実は認める。
同5(二)(3)の事実中、訴外組合が内容に不満ながら妥結の方向で組合員の意思を確認していたことは不知、その余の事実は認める。
同5(二)(4)の事実中、訴外組合が被告の回答をやむを得ないとして組合員の意思を確認していたこと不知、その余の事実は認める。
同5(二)(5)の事実は認める。
6 同6(一)ないし(三)の事実は認める。
7 同7の事実は認める。
三 抗弁
1 労働慣行の存在
(一) 被告従業員の一部は、昭和三七年、訴外組合とは別に第一ハイヤー新労働組合(以下「新労」という)を結成した。
(二) ところで、被告と訴外組合との間には、右当事者間で労働協約が成立しないときは、被告と新労との間で成立した労働協約を訴外組合にも適用するという労働慣行があった。
(三) 被告は、新労との間において、昭和五五年一月二一日に歩合給の計算方法を新計算方法に変更する旨の、昭和五五年五月二七日に歩合給の計算方法を新計算方法のままとし、基準内賃金を別紙賃金ランク表2記載のとおりに変更する旨の各労働協約を締結した。
2 就業規則の変更
(一) 被告は、昭和五五年二月一二日、歩合給について次のとおり(すなわち新計算方法を)定めた就業規則の変更を届け出た(第一次変更。以下、この就業規則の変更を「本件就業規則の変更」という)
「歩合給は賃金締切期間の各人の計画勤務売上額から一定額を控除した額に一定の支給率を乗じたものとする。この控除額及び支給率は別に定める。歩合給時間外手当は歩合給を賃金締切期間内の各人の実労働時間で除して得た額に所定就業時間外時間数との和を乗じて得た額の二割五分とする」
そして、右控除額、支給率について、別表で「控除額二九万円、支給率三三パーセント」と定めた。
(二) 被告は、昭和五五年六月一九日、基準内賃金を別紙賃金ランク表2のとおり定める旨の就業規則の変更を届け出た(第二次変更)。
(三) 本件就業規則の変更は、原告らに不利益を被らせるものでなく、必要かつ合理的なものである。
(1) 本件就業規則の変更は、昭和五四年一二月一二日にタクシー運賃料金の改定が認可され、同月二〇日から新運賃料金が実施されたことに伴う措置である。
いわゆるハイヤー・タクシー業界における乗務員の給与体系は、給与に稼働の多寡を反映させるため、確定額をもって定める基本給のほかに、一カ月の稼働の売上高が一定の金額(足切額)を超えたとき、その超過額に所定の率(支給率)を乗じて得た金額を支給する歩合給からなる。このような給与体系の下においては、タクシー運賃が増額されると、一カ月の売上高が増加するから、歩合給について従来の算定方式(足切額、支給率)を維持するならば、当然のことながら乗務員の賃金収入も増加する。しかし、タクシー運賃の増額は、その時点までに高騰している諸経費の実績ないし推定額(そのなかには、乗務員の基本給の上昇分も含まれている)を基礎とし、増額申請年度の経費の高騰を見込み、その高騰によって失われるタクシー業者の適正な利益を回復するために認められているものである。タクシー運賃の増額によって、自動的に乗務員の賃金収入が増額することになれば、運賃増額によって回復されると予想されていたタクシー業者の利益は阻害されることになる。一方、タクシー乗務員の賃金は、春闘時のベース・アップのほかに運賃増額という偶然の事由による増加が認められることになる。
そこで、タクシー運賃が増額された場合には、乗務員の賃金収入を運賃増額前とほぼ同額で維持するよう、その算定方式、とりわけ歩合給を、合理的なものに改定する必要がある。
本件就業規則の変更は、右のような必要と合理的理由によるものである。
(2) 被告は、原告らに対し、昭和五二年二月分以降の歩合給を、本件就業規則の変更により改定された足切額及び支給率(新計算方法)で算定して支給した。
右変更前の一二カ月間の月例賃金平均支給額と、変更後の一二カ月のそれとを比較すると、変更前の昭和五四年二月分は一八万六六三六円、三月分は一八万三九七七円、四月分は一九万三二二六円、五月分は一九万〇七〇三円、六月分は一九万四七四六円、七月分は一九万八九八五円、八月分は一九万六九一七円、九月分は一九万三七九八円、一〇月分は一九万五八三九円、一一月分は一九万一二九三円、一二月分は一九万七五九五円、昭和五五年一月分は二二万六五五四円(この月は、賃金改定後にもかかわらず、旧計算方法によった)であったのに対し、変更後の昭和五五年二月分は一九万七〇五三円、三月分は一九万五二八二円、四月分は一九万九九〇五円、五月分は一九万七二五五円、六月分は二〇万一六三二円、七月分は二〇万二二五〇円、八月分は二〇万二三四二円、九月分は一九万七一四五円、一〇月分は一九万五五六七円、一一月分は一九万八四五五円、一二月分は二〇万三七七九円、昭和五六年一月分は二一万三一八七円となっている。変更後においても、賃金は増額しつつ、変更前とほぼ同額が支払われている。
ちなみに、この間の一勤務当たりの平均走行キロ数をみると、変更前一五カ月間の平均走行キロが三六七・二五キロメートルであるのに対し、変更後一五カ月間のそれは三四七・三八キロメートルである。右変更後に労働が強化されたということはない。
本件就業規則の変更は、原告らに不利益を及ぼすものではない。
四 抗弁に対する認否
1 抗弁1のうち、(一)及び(三)の事実はいずれも認め、(二)の事実は否認する。
2 同2のうち、(一)及び(二)の事実はいずれも認め、(三)の主張は争う。
第三証拠(略)
理由
一 請求原因1及び2の事実はいずれも当事者間に争いがない。
二 請求原因3の事実は、原告中島治本人尋問の結果及びこれにより真正に成立したと認められる(書証略)により認められる。
三 請求原因4(労働協約の成立)について
原告は、書面によらない労働協約の成立を主張している。
しかしながら、労働組合法は、一四条において労働協約の成立要件を定め、同条の要件を具備する労働協約に対しては労使間の合意以上の特別な効力を与えているのであるから、同条に規定する要件を欠く合意は労働協約としての効力を有しないと解するのが相当である。
したがって、原告の右主張は、その余の点について判断するまでもなく、それ自体失当である。
されば、被告主張の昭和五四年五月二五日の時点では、有効な労働協約は存在しないことになる。
四 請求原因5(労働契約の成立)について
1 ところで、その後の労働協約締結について何らの主張立証のない本件では、昭和五四年一二月当時においても、訴外組合と被告との間に効力をもつ労働協約がなかったことになる。
2 請求原因5(一)(1)ないし(3)の事実(すなわち、就業規則等に基本給及び歩合給の金額ないし計算方法の定めがなかったこと)は、当事者間に争いがない。
3 成立に争いのない(書証略)及び弁論の全趣旨によれば、被告が昭和五四年一二月までに採用した乗務職に対する労働契約書には、賃金について被告の賃金規定によるとなっていただけで、歩合給等について具体的な記載はなかったことが認められる。
また、弁論の全趣旨によれば、原告富樫孝一は昭和五四年七月四日に、同木下卓雄は同年八月二八日に、同安保正三は同年一二月一四日にそれぞれ被告に雇用されたことが認められる。
4 請求原因5(二)(1)、(2)(ただし、協定書に「今後運賃が改定された場合には、歩合給の改定について労使が協議し決定する」との条項を挿入することをめぐり対立したため、労働協約書を作成することができなかったことは、(人証略)及び弁論の全趣旨により認められる)、(3)(ただし、訴外組合が、被告の回答の内容に不満であったが、妥結の方向で組合員の意思を確認していたことは、(人証略)により認められる)、(4)(ただし、訴外組合が、被告の回答をやむを得ないとして、組合員の意思を確認をしていたことは、(人証略)により認められる)及び(5)の事実は、当事者間に争いがない。
5 右認定・説示した点を総合すれば、原告らと被告の間には、労働協約及び就業規則上は基本給及び歩合給の金額ないし計算方法について定めがなく、労働契約上も明示の合意がなかったものの、原告加賀親士、同本間敏之、同南盛男、同杉本道雄及び安保正三の五名を除く原告らは、被告から、(原告木下卓雄は昭和五四年九月分以降、同富樫孝一は同年七月以降、その余の原告らは同年五月分以降)昭和五四年一二月分まで、旧計算方法により算出した賃金の支払いを受け、異議を留どめずこれを受領していたことが認められるところであり、他方、歩合給の改定が現実化したのは昭和五五年一月分の給与支給時以降のことであったことからすると、それ以前に被告と雇用契約を締結した原告安保正三についても、当事者間双方とも、当時の被告の被傭者と同じ賃金支払方法による旨の意思を有していたと確認できるのであるから、原告加賀親士、同本間敏之、同南盛男及び杉本道雄の四名を除く原告らと被告との間には、労働協約無協約時期である昭和五四年一二月までに、賃金は旧計算方法に基づいて計算する旨の黙示の労働契約が成立したものと認めるのが相当であり、右認定を覆すに足る証拠はない。
されば、その後に新たな計算方法等についての労働協約ないし労働契約等の合意の成立等の特段の事由がない限り、原告加賀親士、同本間敏之、同南盛男及び同杉本道雄の四名を除く原告らと被告との間には、昭和五五年一月以降の賃金についても、旧計算方法に基づいて計算する旨の労働契約が効力を持ち続けていたことになる。
五 そこで、抗弁について判断する。
1 抗弁1について
被告は、新労との間に成立した労働協約を訴外組合に適用する労働慣行があった旨主張している。
しかしながら、労働慣行それ自体に何らかの法的効力を認めるべき実定法上の根拠はないから、労働慣行それ自体で特別な法的効力をもつことなく、被告の右主張は主張自体失当である(なお、被告主張の労働慣行を法的意味をもつ構成に解するに足る事情の立証もない)。
2 抗弁2について
(一) 抗弁二(一)及び(二)の事実は当事者間に争いがない。
(二) そこで、本件就業規則の変更の効力を検討する。
(1) 歩合給の算定の基礎となる足切額を二七万円から二九万円に引き上げ、支給率を三五パーセントから三三パーセントに引き下げる旨の新計算方法(第一次変更)によって歩合給を算出すれば、旧計算方法に基づき算出した歩合給より低額になることは計算上明らかである。
被告は、新計算方法によって支給した平均賃金額と旧計算方法によって支給した平均賃金額とがほぼ同額であり、原告らに不利益はない旨主張している。
しかしながら、歩合給は、その性質上、運賃増減にともない増減するものであるから、運賃改定による運賃の増額にともなう歩合給の増額の利益をあらかじめ放棄する等の特段の事情の認められない本件において(訴外組合が、従前、運賃が改定された場合に歩合給の改定について労使が協議し決定する旨の条項を労働協約に入れることに反対していたことは、すでに認定したところである)、支給された平均賃金額がほぼ同一額であることをもって原告らに不利益がないと解することはできない。
他に、本件就業規則の変更が原告らに不利益を被らせないと認めるに足る証拠はない(もっとも、第二次変更は、第一次変更と対比すると、労働者にとって有利な労働条件の変更にあたることは明らかであるが、第一次変更前のそれと比べると、労働者にとって不利益な労働条件の変更にあたらないと認めるに足る証拠はない)
(2) (書証略)、原本の存在及びその成立に争いのない(証拠略)、原告中島治本人尋問の結果、原告前田五七夫本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨を総合すると、運賃の改定と歩合給の変更について、次の事実を認めることができ、この認定に反する証拠はない。
ア 被告における運賃改定と歩合給の変更との関係は、次のとおりである。
<1> 昭和五四年一二月二五日に運賃改定の認可があり(昭和四六年一月二日実施)、昭和四六年の春闘時に歩合給が改定された。
<2> 昭和四八年六月二六日に運賃改定の認可があった(翌月四日実施)が、この際は、昭和四八年の春闘時に、右運賃改定を予定してあらかじめ歩合給を改定していた。
<3> 昭和四九年一月二一日に運賃改定の認可があり(同月二九日実施)、昭和四九年の春闘時に歩合給が改定された。
<4> 昭和五〇年五月二九日に運賃改定の認可があった(翌月六日実施)が、この際も、昭和五〇年の春闘時に右運賃改定を予定してあらかじめ歩合給を改定していた、
<5> 昭和五二年九月二七日に運賃改定が認可があり(翌月五日実施)、昭和五三年の春闘時に歩合給が改定された。
イ 本件の歩合給変更の経緯は、次のとおりである。
<1> 昭和五四年一二月一二日に運賃改定の認可があった(同月二〇日実施)が、札幌陸運局長は、昭和五四年一二月一二日付けで、一般乗用旅客自動車運送事業者に対し、運賃改定にともない、経営の合理化を推進し、輸送原価の低減と経営基盤の強化をはかること、タクシー労働の実情にかんがみ、労働条件の改善に努めること等の改善結果の報告を求めた。
<2> 被告は、昭和五四年一二月一八日、訴外組合との団体交渉において、歩合給の改定を申し入れたが、訴外組合は、これに反対した。
<3> 昭和五五年一月一七日、第二回目の団体交渉が行われたが、訴外組合は、歩合給の改定に同意しなかった。
<4> 昭和五五年一月二一日、被告と新労との間で、新計算方法による旨の労働協約が成立した。当時、被告の乗務職の従業員は約三〇〇名であり、訴外組合の組合員が約一一四名位、新労の組合員が約一八〇名位であった。
<5> 被告は、昭和五五年一月二五日、訴外組合との労働協約がないから会社が歩合給を自由に決定できるとの考えから、訴外組合員に対しても、新計算方法により算出した歩合給を支払った。
<6> 昭和五五年一月二六日、被告と訴外組合との間の第三回目の団体交渉が行われたが、この時も歩合給の改定に関する合意は成立しなかった。
<7> 被告は、昭和五五年二月一二日、本件就業規則の変更を届け出た。
<8> 昭和五五年二月二二日、第四回目の団体交渉が行われたが、歩合給の改定を含め交渉は成立しなかった。
<9> 昭和五五年四月一六日から始まった春闘の団体交渉において、歩合給の改定問題も話し合われたが、やはり、合意は成立しなかった。
ウ 札幌市内のいわゆるハイヤー・タクシー業界における運賃改定と歩合給変更との関係は、次のとおりである。
<1> 昭和五二年一〇月の運賃改定時
運賃改定時に歩合給の算定方法を変更した会社 三六社
運賃改定時に歩合給の算定方法を変更しなかった会社 二〇社
(ただし、一八社は、春闘時に運賃改定による歩合給の増額を考慮して賃金を決定している)
歩合給制度を導入していない会社 二社
<2> 昭和五四年一二月の運賃改定時
運賃改定時に歩合給の算定方法を変更した会社 四八社
運賃改定時に歩合給の算定方法を変更しなかった会社 七社
(ただし、七社は、春闘時に運賃改定による歩合給の増額を考慮して賃金を決定している)
歩合給制度を導入していない会社 二社
<3> 昭和五六年一二月の運賃改定時
運賃改定時に歩合給の算定方法を変更した会社 三八社
運賃改定時に歩合給の算定方法を変更しなかった会社 一七社
(3) 右(2)で認定した事実を前提にすれば、<1>被告は、従前は運賃改定時に歩合給の改定を行うことなく、運賃改定前後の春闘の賃金交渉の際に歩合給の改定を行ってきたこと、<2>昭和五四年一二月の運賃改定では昭和五五年一月から歩合給を変更して支給しなければならない被告側の事業経営上の必要性については的確な立証がないこと、<3>さらには、旧計算方法によらず新計算方法によらなければ被告の事業経営が成り立たない等の事業経営上の必要性がきわめて高度である(逼迫性)点についての立証がないこと、<4>昭和五四年の認可後に札幌陸運局長が事業者に労働条件改善の結果報告を求めたことによっても明らかなとおり、運賃値上認可が事業者の利益保護のみを目的とするものでなく、労働条件の改善の目的も加味されており、要は事業者と労働者側の適正な利益配分的要素をも持つものといえること、<5>被告は、運賃の増額がタクシー業者の適正な利益を回復するため認められるもので、運賃の増額により乗務員の賃金収入が増額すれば、運賃増額により回復すると予想されていたタクシー業者の利益は阻害される旨主張するものの、運賃増額により被告に回復される適正な利益がいくらであり、乗務員の賃金増額により被告の利益が具体的にどれだけ侵害されるかについての立証はないこと、<6>当時組合員約一八〇名を擁していた新労が新計算方法によることを承諾していたというものの、右計算方法によることに同意していない訴外組合の組合員も約一一四名いたこと、<7>札幌市内のハイヤー・タクシー業者のうち、三割ないし二割近い業者は運賃改定と同時に歩合給の変更を行っていないとの事情が指摘される。
右<1>ないし<7>で指摘の事情並びに右(1)及び(2)で認定した事実、更に賃金が労働契約の重要な要素であることを総合すると、本件就業規則の変更に合理性を肯定することは到底できず、他に本件就業規則の変更に合理性を認めるに足る証拠はない。
したがって、本件就業規則の変更の効力が原告らに及ぶ旨の被告の主張は理由がない。
3 以上の次第で被告主張抗弁はいずれも採用できない。
六 請求原因6(一)ないし(三)の事実は当事者間に争いがない。
七 請求原因7の事実は当事者間に争いがない。
八 以上のとおりであるから、別紙未払賃金目録記載の各原告と被告との間では、賃金を旧計算方法に基づいて算定する旨の労働契約が成立していたと認められるから、右原告らは、昭和五五年二月分以降昭和五六年四月分までの賃金を、その計算方法に基づいて算定し請求する権利があり、被告に対し、実際に支給された金額との差額である別紙未払賃金目録「差額」欄記載の各金額の合計額すなわち同目録の各原告の「合計」欄記載の各金員について賃金請求権を有すると認められるが、その余の原告ら(別紙未払賃金請求目録記載の原告加賀親士、同本間敏之、同南盛男及び同杉本道雄)は、その請求権を有すると認められない。
九 結論
よって、本訴請求は、別紙未払賃金目録記載の各原告につき同目録の各原告の「合計」欄記載の各金員及びこれに対する最終の弁済期の翌日である昭和五六年四月二六日から右各支払ずみまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める部分は理由があるからこれを認容し、原告加賀親士、同本間敏之、同南盛男及び同杉本道雄の各本訴請求はいずれも理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九三条を、仮執行の宣言につき同法一九六条一項を適用して主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 畑瀬信行 裁判官 小林正明 裁判官秋吉淳一郎は転補のため署名・捺印することができない。裁判長裁判官 畑瀬信行)
別紙(略)